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ゆりおとめ通信・豊作祈念特別号
「これが稲の花だ!」

 ←左の写真が稲の花です。(伸びているのがおしべです。)

 「グラフと絵で見る食料・農業」(農林水産省)より引用
http://www.toukei.maff.go.jp/dijest/kome/kome05/kome05.html

 そこで、「田んぼで咲いた稲の花が見てみたかった・・・」という皆さんのために、この夏、特別取材班がスクープ写真におさめました。

 わが町・宮城県登米市中田町(萬画家 石ノ森章太郎先生の生誕地)に咲いた、これが、稲の花です!!


 (写真協力:石ノ森章太郎ふるさと記念館友の会)

 (注)このように、茎の中から穂が出ることを「出穂(しゅっすい)」といいます。
 出穂後、約35日~40日が過ぎると、穂が垂れ、もみが黄色く色づきはじめます。

 そしていよいよ収穫の時期を迎えます。(今年は例年より2週間ほど早いようです)

コラム 「稲(イネ)は、いのちの根。米(ヨネ)は、世の根。」

 江戸時代の農業の教科書に、こんなことが書かれています。

『稲(イネ)はいのちの根、米(ヨネ)は世の根といふの略語なり。』
 (農文協発刊「日本農書全集7 「農業余話 下 文政11年 小西篤好 著 耕作論」より引用」

 ゆりおとめ風に意訳してみます。

『稲からお米がとれるように、いのちの営みから、世の中が生まれます。
世の中をつくる、人間のエネルギー源は、ご飯です。
だから、いのちの根を略して稲(イネ)、世の根を略して米(ヨネ)と呼ばれるようになりました。』

うまく意味をお伝えすることができたかなぁ・・・。
 稲(イネ)や米(コメ・ヨネ)の語源には、さまざまないわれがありますが、こんなふうに、稲やお米から、いのちや世の中の大切さを説明するお話が、江戸時代にはあったのですね。
 でも・・・。今の時代、こうした思いはどれだけ伝えられているのでしょうか。

 この日本で、あたりまえのように白米のご飯が食べられるようになったのは、実は第2次世界大戦が終わり、復興・高度成長をとげはじめる頃からと言われています。今から50~60年前までは、お米事情は今とはまったく違うものでした。お米は余って困るものでは、決してありませんでした。

 特に、萬画家・石ノ森章太郎先生の小学生時代は、第2次世界大戦の真っただ中だったため、食糧事情が大変苦しいときでした。白米のご飯は貴重品でした。
 章太郎先生の自伝に、ふるさと・登米で育った少年時代の思い出として、こんなエピソードが書かれています。(資料協力:株式会社石森プロ)

食物は粗末だった。
ムギごはんは普通で、戦争も末期に近づくと、カユになった。中にカボチャやサツマ芋、大豆などが入っていた。
スイトンも常食になった。
一年を通じてモチが最大のごちそうだった。

(註:小麦粉を練ってつくる『スイトン』は、登米地方では“はっと”と呼ばれ、郷土料理になっています)

 そして章太郎先生は、こんなことも書かれていました。

食事の時、家族の座る席は決まっていた。
畳の上に、大きな飯台。
いつもきちんと正座させられた。
座ってからのアクビや口笛は、禁じられていた。
卓上の料理は、好き嫌いを許されなかった。
ご飯粒は、一粒も残してはけない。
人参、ホーレン草、牛蒡(ごぼう)・・・・・・、とにかく、なんでも残さず食べること。
厳しくしつけられた。
子どもだから嫌いなモノもある。が、それは許されなかった。つらかった。
が、今にして思えば、どんなモノでも食べられる習慣が身についたことが、大変ありがたいと思っている。
しつけとは、そんなものだ。
「ボクはダ・ヴィンチになりたかった」(清流出版)より引用

 苦しい時代のときだからこそ、大切なものが、よく見えるようになるのかもしれません。
 皆さんの食べ物は、ありがたいものですか。
 昔の人たちのように胸を張って、“食べ物の大切さ”を説明できますか。

ゆりおとめからのお知らせ・その1 
「宮城ふるさとプラザ」のリニューアルオープンについて

 東京・池袋駅の近くに、宮城県の観光と物産品を紹介するアンテナショップ、「宮城ふるさとプラザ」があります。JAみやぎ登米は今年の4月1日から1か月間、「宮城ふるさとプラザ」において、昨年のお米学習の様子をまとめ、学習の成果発表会をさせていただきました。

(小学校での活動風景)

(展示会場の様子)


 この「宮城ふるさとプラザ」は、今年の7月、開店10周年記念でリニューアルオープンしました。
 そこでJAみやぎ登米では、お米学習に参加する小学校に呼びかけ、リニューアルオープンをお祝いする「稲穂の花束」の絵を集め、「宮城ふるさとプラザ」にプレゼントする企画を進めています。

 小学生児童の描いた絵は、「宮城ふるさとプラザ」において紹介される予定です。
 どんな絵が描かれているのかな?今からとっても楽しみです!

 *展示は、本年12月頃を予定。
(展示の様子は、当ホームページで改めてご紹介いたします)

参加校と「キャラクターの絵」のご紹介

・東京都豊島区立椎名町小学校5年生「児童オリジナルのお米キャラクターの絵」
(画像は当日までのお楽しみ!)

・東京都豊島区立富士見台小学校5年生「学校のマスコットキャラクター“Fujimy”の絵」

・宮城県登米市立石森小学校5年生・6年生「登米市の観光PRキャラクター“はっとン”の絵」

お知らせ・その2 冷やし甘酒の試飲会のご報告

 前回のゆりおとめ通信でお知らせした、冷やし甘酒の振る舞いイベントですが、東京・豊島区(8/1)と、宮城・登米市(8/22)の2会場で実施いたしました。当日は、おかげさまで大盛況!

 甘酒は、各会場ともに50人分を用意していましたが、盛況につき緊急追加して、想定の2倍近くの方たちに、江戸の夏の風物詩「甘酒」を楽しんでいただきました。

 また当日は、ユニセフの募金箱を設置し、たくさんの方にご協力をいただきました。
 この場を借りて、お礼を申し上げます。


 さて、次回の「ゆりおとめ通信」は、“稲刈り特集号”。
 JAみやぎ登米の「お米と自然環境」講座を受講している、登米市立石森小学校の稲刈りの様子を密着取材いたします。お楽しみにね!


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